2011年3月22日火曜日

◆春分の日とお彼岸、農耕作業と春分・秋分の時期

◆春分の日とお彼岸、農耕作業と春分・秋分の時期

彼岸とはその名の通り「大きな川を挟んだ岸の向こう」という意味です。その向こう岸とは悟りの世界(仏の世界があり、私たち凡夫はこちらの岸・此岸にいると考えています)のことです。サンスクリットでは、パーラミター(波羅蜜多)といいます。様々な苦に悩む煩悩の世界(私たち凡夫はこちらの岸・此岸)に対する言葉ですが、日本の特に浄土系の信仰では一般に死後は阿弥陀如来の導きにより人は彼岸に渡ることができると考えられているため、既に彼岸の世界へ行った人達を供養するとともに、まだ辿りつけずにいる人達に早く向こうへ辿りつけるように祈るというのがこの彼岸の仏事の趣旨となります。

お寺ではこの一週間法要を続けますし、住職が檀家を回って各家庭でも法事を行います。この時期に彼岸の法要を行うのは、太陽が阿弥陀如来のいる浄土の方角である真西に沈むためであるともいわれています。つまり阿弥陀浄土を感じるのに最適ですし、迷っている人にとっては太陽の方角が進むべき道ということになります。

またこの時期は農耕を始める時期でもあるため、春分と秋分の時期を農耕と言う観点から眺めると、春分:種苗の時期、秋分:収穫の時期にあたり、作物を育てる太陽と自分たちを守る祖先神への信仰と言う土着の信仰が仏教伝来以前からあったと考えられています。先祖の霊に今年の豊作を願う行事などと結合していったようです。

一方、彼岸の語源は「日願」であるという説もあります。これは古来からある太陽信仰の系統のものです。太陽信仰の側からも春分の日の太陽が真東から出て真西に沈むと共に昼と夜の長さが同じということで、これは一つの非常に重要な節目でした。「日の願」という言葉もあり、これから「日願」になったとも言われています。「日天願」と呼ぶ地方もあるそうです。一般にこういった日本の行事というものは、仏教と民間信仰などが様々に習合されていったと考えられています。「暑さ寒さも彼岸まで」という言葉もあるように、この時期が季節の変わり目になります。

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